このページの要点
- 清掃会社の仕事は、触らず・広げず・撮影して・報告するところまでとし、駆除や消毒は別の合意にする。
- 健康・安全に危険が及ぶ事情を見つけたときの中止権と、中止した回の料金の式を、先に契約へ書く。
- 駆除・寝具の交換・宿泊者への返金は依頼主の負担を出発点にし、清掃会社の負担は原因が具体的に示された場合に限る。
- 宿泊者の健康に関する情報は、氏名と切り離して部屋の状況だけを共有し、不可抗力の条とは別の条で中止を定める。
結論:見つけたら「触らず、撮って、報告し、中止できる」と決め、処理は別の契約にする
民泊の清掃中に、トコジラミの痕跡、ゴキブリやダニなどの害虫、嘔吐物や血液の汚れを見つけることがあります。そのとき清掃会社(このページでは「乙」)と依頼主(運営者や運営代行。「甲」)の間で最も揉めるのは、「誰が処理して、誰がお金を払うのか」です。先に答えを書くと、次の四つになります。
- 清掃会社の仕事は、報告までにとどめる:触らず、広げず、撮影して、甲に報告する。駆除や消毒を「ついでに」引き受けると、処理の出来や再発の責任まで負うことになります。
- 中止できる条件と、中止した回の料金を先に書く:民法の原則だけでは、中止が「誰の責任で起きたのか」で意見が割れます。出動費と実施済みの部分をどう払うかを、料金の式で決めておきます。
- 費用は、乙の持ち込みが疑われる事情がない限り甲の負担:駆除の費用、寝具の交換、宿泊者への返金は、宿泊事業を行う側の費用です。「原因のいかんを問わず乙の負担」という書き方は避けます。
- 宿泊者の健康に関する情報は、必要な範囲に絞って共有する:感染症の疑いなどの情報は、個人情報保護法の「要配慮個人情報」に当たり得ます。氏名と切り離し、部屋の状況だけを伝える運用にします。
このページは、清掃会社の側で契約書を作る、または依頼主から示された契約書を見直す場面を主に想定しています。業務の範囲の全体は民泊清掃の業務委託契約書の業務範囲、血液や嘔吐物の汚れが付いたリネンの扱いは民泊のリネン・消耗品の負担と精算、ゲストが汚した費用の請求先を依頼主に固定する設計は民泊清掃の写真報告と忘れ物の扱いで扱っています。ここでは「見つけた瞬間から費用が決まるまで」に絞ります。
トコジラミ・害虫・汚染は、通常の清掃のどこから外れるのか?
答えは、「見つけて、撮って、報告し、広げないための最小限の隔離まで」が清掃の範囲で、「駆除、消毒、大量の汚染の除去」は範囲の外、という線です。この線を契約の別紙に○×△で書いておくと、現場のスタッフが迷わなくなります。
害虫・汚染への対応の線引き(一般的な例)
| 作業 | 扱い | 補足 |
|---|---|---|
| 通常の清掃で落ちる汚れ(髪の毛、飲食のこぼし、水回りの汚れ)の除去 | ○ | 基本料金に含まれる作業 |
| 害虫の痕跡(小さな黒い点状の汚れ、脱皮した殻、虫体、血痕)がないかを見る | △ | 契約に書いた範囲だけ。見る場所と方法を決める(次の節) |
| 見つけたものの撮影と、甲への報告 | ○ | 触る前に撮る。全景、近接の順 |
| 使用済みリネンを袋に密閉し、他のリネンと分ける | ○ | 広げないための最小限の隔離。袋などの資材は実費 |
| 見つけた虫を叩く、吸い取る、スプレーで処理する | × | 潜んでいる場所を追い込み、別の部屋や荷物に広げるおそれがある |
| 燻煙剤・殺虫剤の散布 | × | 業として行う駆除に当たる作業。引き受けると再発の責任を負いやすい |
| 少量の嘔吐物・血液の拭き取り | △ | 防護具を使い、時間単位の追加料金。量の上限を決める |
| 寝具・マットレスの搬出や廃棄 | △ | 甲の指示を書面で受けたときだけ。廃棄の手続は甲の責任 |
| 大量の汚染、染み込んだ悪臭の除去、感染症の疑いがある部屋の消毒 | × | 専門の作業として別の契約にする |
| 駆除業者の手配 | △ | 手配だけを行い、費用と作業の責任は甲と業者の間に置く |
表は目安です。物件の種類や、清掃会社が持つ技能・資材によって、△の扱いは変わります。
「見る」を業務に入れるなら、見る範囲を書く
トコジラミは、ベッドとその周りの隙間に潜むことが多いとされています。日本ペストコントロール協会が2016年に厚生労働省で行った説明の資料では、マットレスの縫い目、ベッドの土台の枠、ヘッドボードの裏、いつも座るソファの隙間や縫い目が、潜みやすい場所として挙げられています。また、宿泊施設での予防として、従業員にトコジラミの探知法やベッドメイキングのときの注意点(虫体、脱皮殻、血痕)を教育することが挙がっています。つまり、ベッドメイキングを行う清掃スタッフは、早期発見の担い手になりやすい立場にあります。
だからこそ、契約書に「客室の衛生状態を点検する」「害虫の有無を確認する」といった広い言葉があると、乙の負担が大きくなります。確認を約束した以上、見落としが後で見つかれば、「債務の本旨に従った履行をしなかった」と主張される余地が生まれるからです(民法415条1項)。よく見られる直し方は、点検の範囲を限ることです。
- 見る場所:作業のために目に入る範囲(シーツを外したときのマットレスの表面と縫い目、ベッドフレームの見える部分)。マットレスを持ち上げる、家具を動かす、壁や幅木の裏を調べることは含めない。
- 見る目的:痕跡を見つけたら報告するため。害虫が「いない」ことの確認や保証ではない。
清掃では落とせないものを「見つけたら報告し、除去は協議」とする書き方(清掃の検収と再清掃のルール)の延長で、害虫の痕跡も扱えます。
トコジラミを見つけたとき、現場ではどの順番で動くのか?
答えは、「触る前に撮る、動かさない、広げない、報告して指示を待つ、持ち帰らない」の順です。この順番を契約の別紙かマニュアルにして、スタッフと共有しておきます。
害虫の痕跡を見つけたときの手順(一般的な例)
- 触る前に撮る全景、近接の順に撮る。場所が分かる背景を入れる。刺された跡だけでは、専門の医師でも原因の判定が難しいとされ、虫体や糞、脱皮殻などの発見が決め手になるので、虫体や痕跡の写真が記録の中心になります。
- 動かさない寝具やクッションを他の部屋へ持ち出さない。マットレスを立てかけたり、ベッドを動かしたりしない。潜んでいる虫が散らばる原因になる。
- 広げない疑いのあるリネンやタオルは、その場で袋に入れて口を閉じ、廊下に出す。他の洗濯物と一緒にしない。掃除機を使った場合は、吸い込んだものの処理を甲に確認する。
- 報告して指示を待つ連絡ツールで、部屋の名称・時刻・見つけた場所・写真を報告する。作業を続けるか、中止するか、別の部屋だけ行うかの指示を待つ。待つ時間の上限は契約で決める。
- 持ち帰らない衣類や道具、バッグ、台車、車に付着していないかを確認する。荷物の移動とともに遠くまで運ばれるとされるため、乙の側の持ち帰りの防止が、乙自身を守る手順になる。
- 記録を残す中止した時刻、報告から指示までの時間、行った隔離の内容を記録する。料金と因果関係の根拠になる。
手順を決めるときに、知っておくと設計しやすい事実があります。いずれも協会資料(2016年時点の説明)に基づくもので、現在の知見や自治体の取扱いは、最新の公的資料で確かめる必要があります。
- 持ち込みは防ぎにくい:資料は、宿泊施設や家庭への持ち込みを防ぐ良い方法はなく、早期に発見して駆除するしかない、としています。清掃が丁寧でも発生を防げる性質のものではないので、「清掃の不備でトコジラミが出た」という主張には、因果関係を争う余地があります。
- 吸血はするが、感染症を媒介した証拠はない:資料は、感染症を媒介した証拠はないとしています。契約書では、トコジラミを「感染症」の話と一括りにせず、害虫として扱う条と、感染症が疑われる汚染として扱う条を分けておくと、中止の理由と費用の整理がしやすくなります。
- 市販の薬剤では解決しにくい:資料は、燻煙剤や全放出型のエアゾールは虫が潜む隙間に入りにくく効果が薄いこと、国内の調査で多くのトコジラミが一般的な殺虫成分への抵抗性を持っていたことを挙げています。乙が市販品で処理して「出なくなった」と報告すると、再発したときの責任を負いかねません。
- 終わりの確認に日数がかかる:標準的な防除では、処理の数日後に調査し、目視とトラップで見つからなければ終了とされています。「駆除した日」と「終わった日」が違うので、客室を再開してよい時期は、駆除業者の判断を甲が受けて決める、と書いておきます。
乙が駆除業者を手配する形をとるなら、「手配にとどまり、駆除の効果や再発について責任を負わない。業者との契約は甲と業者の間に成立する」と書きます。駆除の請負人になるのと手配にとどまるのとでは、責任の重さが違います。
トコジラミ・害虫が出たとき、費用は誰が負担するのか?
答えは、「乙の作業や持ち込みに原因があると言える場合を除き、物件の運営者である甲の負担」を出発点にし、乙の負担は「中止までに乙が使った時間と出動」の対価を受け取ることに限る、という整理です。費用は、次の五つに分けて考えると混乱しません。
| 費用 | 通常の負担者 | 契約に書くこと |
|---|---|---|
| 発見、報告、中止に乙が使った時間と出動 | 甲(中止までの実施分の対価) | 中止した回の料金の式。実施した時間の単位と、出動費の有無 |
| 専門業者の調査・駆除・再調査の費用 | 甲(運営者) | 乙が手配しても費用は甲の負担とする。乙が立て替えたときの精算の方法 |
| 汚染した寝具・マットレス・備品の洗浄・交換・廃棄 | 甲 | 乙の取扱いで傷めたときだけ別。廃棄の指示は書面で受ける |
| 宿泊者への返金、代わりの宿の手配、営業できなかった期間の損失 | 甲(宿泊事業者として) | 乙の責任の範囲と上限(損害賠償の条)。間接損害・逸失利益を含めるか |
| 乙の側の持ち帰り防止の費用(使い捨ての防護具、衣類や道具の処理) | 料金に含める、または実費を甲に請求 | どこまでが基本料金に含まれ、どこからが実費か |
民法の原則は「誰の責任か」で結論が割れる
契約に何も書かないとき、民法の規定で考えることになります。ところが、害虫の発生が甲の責任なのか、誰の責任でもないのかは、事実として分からないことが多く、結論が割れます。
- 乙が作業を中止して履行できなくなったとき、その不履行が乙の責めに帰することができない事由によるのであれば、乙は損害賠償の責任を負いません(民法415条1項ただし書)。
- 報酬の面では、準委任に近い清掃で、委任者の責めに帰することができない事由によって事務を履行できなくなったとき、受任者は既にした履行の割合に応じて報酬を請求できます(同法648条3項1号。準委任への準用は同法656条)。請負に近い清掃では、注文者の責めに帰することができない事由で仕事を完成できなくなったとき、可分な部分の給付で注文者が利益を受けるなら、その割合に応じて報酬を請求できます(同法634条1号)。
- 債権者(甲)の責めに帰すべき事由によって履行できなくなったときは、甲は反対給付(報酬の支払)を拒めません(同法536条2項)。当事者双方の責めに帰することができない事由なら、甲は反対給付を拒むことができます(同条1項)。
三つ目が分かれ目です。害虫が出たことが「甲の責めに帰すべき事由」とされれば、委託料は全額払われ得ますが、「双方の責めに帰することができない事由」とされれば、甲は支払を拒める可能性があります。トコジラミのように、宿泊者の荷物から持ち込まれたことが多いとされるものは、後者と見られやすく、乙にとって不安定です。だから、契約で「害虫・汚染の発見による中止は甲の責めによる中止として扱い、次の式で支払う」と決めておく価値があります。
損害賠償の範囲と上限
宿泊者への返金や営業できなかった期間の損失は、乙の債務不履行があったとしても、通常生ずべき損害が原則で、特別の事情による損害は、予見すべきであったときだけ対象になります(民法416条)。損害の発生や拡大に甲の側の過失があれば、裁判所はこれも考慮します(同法418条)。争いになる前に、上限と免責の場合を契約に書いておきます(清掃会社の損害賠償の上限と賠償責任保険)。
費用の持ち方を二つの場面で比べる
「原因が乙にあるかどうか」の判断を、記録の提出と協議で進める条とセットにします。判断の権限を甲だけに与える書き方は避けます。
中止した回の料金の計算例
中止の料金は、式で決めておくと争いが減ります。次は、説明のための仮定の数字です(実際の単価は、地域や物件で異なります)。委託料は1回8,000円(税抜)、中止の式は「実施した時間(15分単位で切り上げ)× 時間単価3,000円 + 出動費1,500円、ただし委託料を上限とする」とします。
| 場面 | 実施した時間 | 計算 | 乙が受け取る額 |
|---|---|---|---|
| 入室して10分で痕跡を見つけ、撮影・報告して中止 | 10分(15分に切り上げ) | 0.25時間 × 3,000円 + 1,500円 | 2,250円 |
| 40分作業したあと、ベッドの縫い目で見つけて中止 | 40分(45分に切り上げ) | 0.75時間 × 3,000円 + 1,500円 | 3,750円 |
| 2時間作業し、清掃をほぼ終えたあと、リネン回収で見つけた | 中止せず完了 | 委託料8,000円 + 隔離用の袋などの実費 | 8,000円 + 実費 |
計算額が委託料を上回るときは、委託料が上限です。着手前に甲の側の事情で入室できなかった場合の考え方は、民泊清掃の依頼・キャンセル料・入室できなかった場合が扱っています。この節の式は、入室後に乙が現場で発見して中止する場面に限った設計です。
感染症の疑いや体液の汚れは、どこまで引き受けるのか?
答えは、「乙は、感染症かどうかを判断せず、危険を感じたら中止できる」「少量の体液は防護したうえで追加料金で、大量の汚染は引き受けない」の二本立てです。
不可抗力の「感染症」と、現場の汚染は別の話
清掃や片付けの契約書には、不可抗力の例として「感染症の流行」を挙げる条が多く見られます。この条は、社会全体の流行で履行が難しくなる場面を想定したものです。客室に残された嘔吐物や、感染症が疑われる宿泊者の退室後の清掃は、流行とは関係なく起こる個別の事情なので、「感染症」と書いてあるから中止できる、とは言えません。
そこで、不可抗力とは別の条として、「作業者の健康・安全が損なわれるおそれがある事情を発見したときの中止」を置き、感染症、強い悪臭、害虫・害獣、大量の汚染を例として並べます。
宿泊者の健康に関する情報の扱い
甲から乙へ「あの部屋の宿泊者は、嘔吐があり、感染症の疑いがある」と伝えられることがあります。個人情報保護法では、本人の病歴などを含む個人情報は「要配慮個人情報」とされ(同法2条3項)、法令に基づく場合などの例外を除き、あらかじめ本人の同意を得ないで取得してはならないとされています(同法20条2項)。宿泊者の氏名と結び付いた健康の情報を乙が受け取ることは、この規律の対象になり得ます。
乙にとって必要なのは、宿泊者が誰かではなく、部屋がどういう状態かです。そこで、次のような運用が考えられます。
- 甲から乙への連絡は、部屋の名称と状況(「嘔吐物あり」「血液の付着あり」「感染症の疑いがあるとして保健所に相談中」など)にとどめ、宿泊者の氏名・連絡先・予約の情報は付けない。
- 乙は、受け取った情報を、その部屋の作業の判断のためだけに使い、他の目的で保存・共有しない。写真に宿泊者が写り込んだときは、利用せず削除する(写真の利用の目的と保存の期間の考え方)。
- 乙が自ら見つけた汚染の写真を甲に送るときも、室内の状態だけを写す。
- 個人データの安全管理の措置(同法23条)の対象として、連絡ツールの参加者を限る。
防護具と資材の費用、作業者の体調
体液の拭き取りには、使い捨ての手袋、マスク、ビニール袋、拭き取りの資材が要ります。これを基本料金に含めると、まれにしか起きない事態の費用を、すべての清掃の料金に乗せることになります。多くの契約では、特別清掃費として、時間単価に加えて資材の実費を請求する形にします。特別清掃費の決め方は、民泊清掃の料金と追加料金の決め方と同じ枠組みで書けます。
作業者が作業後に体調を崩したときの扱いも決めておきます。業務委託のスタッフなら、受任者が委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に賠償を請求できます(民法650条3項)。ただ、感染の原因が特定の汚染にあったことの立証は難しいため、受診費用を一定の範囲で負担する、と割り切る設計もあり得ます。
引き受けない汚染の線をどこに引くか
「特殊清掃」と呼ばれる、孤独死や事件・事故の後の清掃のような作業は、民泊の客室清掃とは別の専門作業です。民泊の契約書では、量や臭気の程度で線を引くのではなく、「通常の清掃の資機材と方法では対応できない汚染」「染み込みによる臭気」「人の生命・身体に危険が及ぶおそれのある汚染」を、引き受けない作業として例に挙げ、そうした汚染を見つけたら中止して報告する、と書きます。廃棄が必要な寝具の扱いは、民泊清掃のゴミ・廃棄物と残置物の整理が基本になります。
よくある失敗と直し方:「処理は乙」「原因を問わず乙の負担」を書き換える
害虫と汚染の条項で、実務でよく見られる誤りを五つ取り上げます。いずれも、書き方が少し違うだけで、責任の重さが大きく変わります。
書き方の例(一般的な例) 害虫・汚染の条項
害虫・汚損の処理
「処理する」と書くと、駆除の出来や再発の責任まで引き受けたと読まれます。報告までを業務にして、処理は別の合意にします。
原因を問わない費用負担
害虫は、宿泊者の荷物から持ち込まれることが多いとされます。原因を問わず乙の負担にすると、乙が防げないリスクをすべて引き受ける契約になります。
不可抗力だけを根拠にする
流行を想定した不可抗力の条は、個別の現場の汚染には当たりにくく、中止の根拠として弱いものです。中止と料金の条を別に置きます。
中止すると料金が出ない
「作業できなかったら料金なし」は、害虫を見つけた誠実な報告ほど、乙が損をする仕組みになります。報告を促すためにも、実施分は払う形にします。
乙の費用で代替要員
条文が「遂行できない」の全部に及ぶと、害虫による中止まで代替の義務になり、安全を理由とした中止ができなくなります。除外の一文を加えます。
外注の清掃スタッフとの契約にも、同じ線を引く
乙が個人事業主のスタッフに清掃を外注している場合、現場で中止の判断をするのは、そのスタッフです。ここで気を付けたいのは、甲から乙へ支払う額が減っても、スタッフへの報酬を自動的に減らさないことです。従業員を使用する乙が、1か月以上の業務委託をしたスタッフ(特定受託事業者)に対し、スタッフの責めに帰すべき事由がないのに報酬の額を減ずることは、禁止されています(フリーランス法5条1項2号)。スタッフの契約にも、中止した回の報酬の式を置き、甲との式と同じ考え方にそろえておくのが安全です。
持ち帰りの防止は、手順を「安全のための遵守事項」として最小限に書きます。細かく指示しすぎると指揮命令の関係に近づきやすいため、目的が安全の確保と拡散の防止にあると分かる書き方にします(清掃スタッフとの業務委託契約書)。
運営代行の下で清掃している場合は、宿泊者への対応を伴う害虫の対応を運営代行の業務とし、乙は発見・報告・隔離までを担う分担が考えられます(民泊清掃の再委託と多層構造)。
ヒヤリングで確認すること:契約書を作る前に、依頼主と決めておく七つ
害虫・汚染の条項は、事前の取り決めの有無で決まります。次の七つを、契約の前に依頼主と話しておきます。
ヒヤリングで聞く問い(一般的な例) 害虫・汚染の対応
- これまでに、害虫(トコジラミなど)や大量の汚れで清掃ができなかった回はありますか。そのときは誰が、何をしましたか。過去の対応が、そのまま運用の実態です。依頼主が駆除業者と付き合いがあるか、保健所に相談した経験があるかも分かります。
- 害虫を見つけたとき、報告先と連絡の手段は何ですか。何分以内に指示をもらえますか。指示を待つ時間が決まっていないと、スタッフが現場で長く待たされます。夜間や休日の連絡先も確かめます。
- 清掃に、害虫の点検(見る作業)を含めますか。含める場合、どこまで見ますか。含めるなら、見る範囲と、見つからなかったことが保証にならない旨を書きます。
- 嘔吐物や血液の汚れは、どこまで乙の通常の作業としますか。追加料金の対象は何ですか。量の目安と、時間単価、資材の実費を決めます。
- ゲストの健康に関する情報を、乙に伝える運用はありますか。伝えるなら、どの形で。氏名と結び付けない運用にするかを決めます。連絡ツールの参加者も確かめます。
- 寝具やマットレスの廃棄の指示を、誰が、どの形で出しますか。廃棄の指示を口頭で受けると、後から「勝手に捨てた」と言われます。書面(メッセージでも可)で記録します。
- 宿泊者から害虫の苦情が出たとき、依頼主は乙にどの記録を求めますか。苦情のとき、直前の清掃の写真が必要になります。写真の保存の期間をそろえておきます。
回答は、契約書の別紙(対応の手順)と、料金表の特別清掃費、損害賠償の条にそのまま反映します。
条文例:発見と報告、中止と料金、費用の負担を三つの条にする
最後に、ここまでの内容を条文の形にします。説明のために新しく書き起こした例で、使うときは実情に合わせて調整が必要です。
清掃業務委託契約 第◯条(害虫・著しい汚損の発見と報告)
1乙は、業務の遂行中に、客室で害虫の痕跡(虫体、脱皮殻、糞又は血痕と見られる汚れを含む。)又は著しい汚損を発見したときは、触れる前に現状を撮影し、遅滞なく、甲が指定する連絡手段で、場所、時刻及び写真を添えて報告する。
2乙の点検は、業務の遂行中に目視できる範囲に限る。乙が報告をしなかったこと又は痕跡を発見しなかったことは、害虫がいないことを保証するものではない。
3乙は、発見した害虫の駆除、消毒、薬剤の散布を行う義務を負わない。ただし、拡散を防ぐための最小限の措置(疑いのあるリネンの密閉、他の部屋への持ち出しの防止)は行う。この措置に要した資材の実費は、甲の負担とする。
4甲は、前条の報告を受けたときは、速やかに、作業の続行、中止又は一部の作業のみの実施について、記録に残る方法で乙に指示する。
報告と最小限の隔離までを業務とし、駆除は義務に含めない形です。「保証しない」旨を点検の条に入れておくのがポイントです。
清掃業務委託契約 第◯条(健康・安全に危険が及ぶ事情の発見と中止)
1乙は、客室に、感染症が疑われる汚染、害虫・害獣、強い悪臭、通常の資機材と方法では対応できない汚染その他乙の従事者の健康又は安全が損なわれるおそれのある事情を発見したときは、作業の全部又は一部を中止することができる。
2前項により乙が中止した場合、乙は、本契約及び個別の契約に違反せず、第◯条(代替要員の手配)の義務を負わない。
3甲は、前項の中止に係る乙の作業について、中止までに実施した時間(15分単位で切り上げる。)に時間単価を乗じた額に出動費を加えた額(当該個別業務の委託料を上限とする。)を乙に支払う。時間単価及び出動費は別表に定める。
4乙が中止した場合に、客室の再清掃を求めるときは、甲は、害虫又は汚染の処理が完了したことを示す資料を乙に提示する。
中止は乙の義務違反でないことと、中止した回の料金の式を一つの条にまとめた例です。第4項は、駆除が済んだのかを確かめずに乙を再び入室させない、という趣旨です。
清掃業務委託契約 第◯条(害虫・汚染に係る費用の負担)
1害虫の調査、駆除及び再調査の費用、汚染した寝具、マットレスその他の備品の洗浄、交換及び廃棄の費用、宿泊者への返金その他宿泊事業の運営に生じる費用は、甲が負担する。
2前項にかかわらず、乙の作業又は乙が持ち込んだ物が原因であることが、撮影した写真、作業の記録その他の資料から具体的に示されたときは、当該原因によって生じた費用に限り、乙が負担する。ただし、乙の責任の上限は第◯条(損害賠償)による。
3乙が、甲の依頼により、駆除業者を手配するときは、手配にとどまり、駆除の効果及び再発について責任を負わない。業者との契約は、甲と業者の間に成立する。乙が費用を立て替えたときは、甲は、領収書の写しを受け取った月の翌月末までに、乙に支払う。
4甲及び乙は、前項の原因の有無について意見が異なるときは、記録を共有して協議する。協議の間も、第◯条による料金の支払は妨げられない。
原因を問わない負担を避け、乙が負担する場合を「具体的に示されたとき」に限った例です。判断を甲だけの権限にしないため、協議と記録の共有を定めます。
よくあるご質問
清掃中にトコジラミを見つけたら、その場で駆除してよいですか?
駆除は引き受けない設計が基本です。触る前に撮影し、広げないための最小限の隔離(疑いのあるリネンの密閉など)にとどめて、依頼主に報告します。市販の薬剤では隙間に届きにくく、虫を別の場所へ追い込むおそれがあります。
トコジラミが出た部屋の清掃は、断れますか?
契約に、作業者の健康・安全が損なわれるおそれのある事情を発見したときの中止権を書いておけば、中止できます。不可抗力の条とは別の条にして、中止は契約違反ではないこと、代替要員の義務を負わないこと、中止した回の料金の式を一緒に書きます。
駆除の費用は、清掃会社が払うのですか?
出発点は、物件の運営者である依頼主の負担です。清掃会社の作業や持ち込みが原因であることが、写真や作業の記録から具体的に示されたときに限り、その部分を清掃会社が負担する、と書きます。原因を問わず清掃会社の負担とする書き方は避けます。
嘔吐物や血液の処理、感染症の疑いがある部屋の清掃は、引き受ける義務がありますか?
契約でどこまでを業務としたかによります。少量の拭き取りは防護具を使い、時間単価と資材の実費の追加料金で行う例があります。大量の汚染や、感染症が疑われる部屋の消毒は、通常の清掃の範囲の外として、引き受けない作業に書いておきます。
宿泊者の体調の情報を、依頼主から聞いてもよいですか?
宿泊者の病歴などの情報は要配慮個人情報になり得るため、氏名や予約の情報と結び付けて受け取らない運用が安全です。部屋の名称と状況(嘔吐物あり、など)だけを共有し、その部屋の作業の判断以外には使わない、と決めておきます。
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本ページは一般的な情報提供です。届出・登録・許可の運用は、所管の行政機関や自治体によって異なることがあります。紹介している書き方は、民泊・宿泊施設の清掃に関する一般的な契約実務を整理した例であり、特定の事業者の契約書を示すものではありません。条文は e-Gov法令検索で確認しています。参考: e-Gov法令検索 / 民泊制度ポータルサイト(観光庁) / 特定商取引法ガイド(消費者庁) / フリーランス法特設サイト(公正取引委員会)